第1章 なぜ「地目」の見極めが相続税評価の命運を分けるのか?
「登記簿に『山林』と書いてあるから、評価額は安いはずだ」 もしそう考えているなら、それは大きな間違いかもしれません。
相続税における土地評価の第一歩にして最大の落とし穴、それが**「地目(ちもく)」の判定**です。 地目とは、いわば土地の「職業」のようなもの。その土地が何に使われているかによって、評価額(=相続税額)は何倍、何十倍にも変わります。
そして最も重要なルールは、「登記簿の記載ではなく、相続開始日時点の『現況』で判断する」ということです。これを現況主義といいます。
本記事では、相続税評価において国税庁が定める9種類の地目について、プロが現場で実践している「見極め方」を具体的に解説します。ご自身の土地がどれに当てはまるか、一つひとつ確認していきましょう。
第2章 地目判定の基本ルール:「現況主義」とは?
具体的な地目の解説に入る前に、絶対に押さえておくべき2つのルールがあります。
1. 登記簿よりも「今の姿」が優先される
法務局にある登記簿の地目は、明治時代から変更されていないことも珍しくありません。
- 登記簿: 畑
- 現況: 駐車場(アスファルト舗装)
この場合、相続税評価は**「雑種地(駐車場)」**として行います。畑だと思って計算していると、後から税務署に指摘され、過少申告加算税などのペナルティを受ける可能性があります。
2. 判定のタイミングは「被相続人が亡くなった日」
地目は日々変化します。しかし、相続税評価で基準となるのは、あくまで**「被相続人が亡くなった日(相続開始日)」の現況**です。 亡くなった後に慌てて建物を壊して更地にしても、亡くなった日に建物があったなら「宅地」として評価されます。
3. 一筆一地目の原則とその実務的含意
日本の不動産登記制度では、「一筆の土地には一つの地目しか定められない」という「一筆一地目の原則」が採用されている。土地登記簿における「筆(ふで)」とは、土地を特定するための単位であり、一つの地番が付された土地を指す。
現実の土地利用においては、一筆の土地の中に自宅(宅地)と家庭菜園(畑)、あるいは駐車場(雑種地)が混在しているケースが多々見られる。このような場合、登記官は土地の全体的な利用状況を観察し、「主たる用途」がいずれであるかを総合的に判断して地目を決定する。
4. 部分的な地目変更の不可能性と分筆の必要性
この原則により、一筆の土地の一部だけ地目を変更することは法的に不可能である。もし、一筆の土地の中で明確に用途が異なる部分が存在し、その部分を独立した地目として登記したい場合(例:広い宅地の一部を畑として農地登録したい、あるいは畑の一部を宅地化して分譲したい場合)は、まず土地を物理的に分割する「分筆登記(Bunpitsu Toki)」を行い、新たな地番を付与した上で、それぞれの筆について地目変更登記を行う必要がある。このプロセスは、測量や境界確定を伴うため、土地家屋調査士の専門的な関与が不可欠となる領域である。
但し、相続においては、1つの土地の広さが広く、且つ、遺産分割において相続人間において分割せざる負えない場合には、同じ地目であっても分筆する事は可能である。
一体利用の原則と評価単位
宅地判定において最も重要な概念が「利用単位(一画地)」である。建物が建っている部分だけでなく、庭、アプローチ、家庭菜園、敷地内駐車場、テラスなど、居住や事業のために一体として利用されている範囲はすべて「宅地」という一つの地目として認定される。
例えば、登記上は「宅地」と「畑」と「雑種地」の3筆に分かれていたとしても、全体をフェンスで囲い、一つの大きな邸宅の敷地として使っていれば、税務上は3筆すべてを合算した面積の「宅地」として評価される。これにより、地積が増大し、場合によっては「地積規模の大きな宅地の評価」の適用対象となる可能性が出てくるため、正確な範囲の確定が不可欠となる。
権利関係による分断
物理的には一体に見えても、権利関係(借地権など)によって評価単位が分断される場合がある。
- 自用地と貸家建付地: 同一敷地内に、自宅(自用地)と賃貸アパート(貸家建付地)が併存している場合、これらは利用目的が異なるため、基本的には別々の画地として評価する。この境界線をどこに引くか(共有通路の按分など)は、評価額を計算する上で技術的な調整が必要となるが、地目としては両方とも「宅地」であることに変わりはない。
- 使用貸借: 親の土地に子が家を建てて住んでいるが、地代を払っていない(使用貸借)場合、その土地は「自用地」として評価される。この場合、親の自宅敷地と子の自宅敷地が隣接していても、利用者が異なるため、原則として別画地となるが、一体として利用されている実態があれば一画地となる場合もあり、判断が分かれるポイントである。
第3章 これで迷わない!全9種類の地目・判定チェックリスト
国税庁の財産評価基本通達では、土地を以下の9種類に区分して評価します。それぞれの特徴と、見極めのポイントを見ていきましょう。
1. 宅地(たくち)
最も評価額が高くなりやすい、建物の敷地です。現在建物が建っている土地はもちろんですが、建物の敷地のために使われる土地も含まれます。
宅地建物取引業法においては、用途地域内にある土地は、道路や川など一定の例外を除き、すべて宅地となります。
【判定のポイント】
- 建物があるか?:現在、住宅、店舗、工場、倉庫などが建っている土地。
- 建物と一体利用されているか?:建物そのものの下だけでなく、庭、アプローチ、家庭用駐車場など、生活や事業のために一体として使われている範囲すべてを含みます。
- 建物が建っていない:建物を建設する予定の土地や建設中でも宅地とみなされることがあります。
2. 田(た)
相続について考える場合は、その土地が「農地」に該当するかどうかを判別する必要があります。
【判定のポイント】
- 水を利用しているか?:用水を利用して耕作している土地。いわゆる水田です。
- 休耕田の場合:現在は耕作していなくても、水を引けばすぐに耕作できる状態なら「田」です。
農地の種類
農地は以下の4つの区分+生産緑地に分類されています。
| 農地の区分 | 区分の意義 |
|---|---|
| 純農地 | 農業を推進するために定められた土地で今後も農業を継続していくことを前提とした農地 |
| 中間農地 | 市街地の近郊にあり、市街地化の傾向が著しい区域内にある農地のことで、将来、市街地化する恐れはあるが、すぐには他の用途に転用されないと考えられる農地 |
| 市街地周辺農地 | 市街地の周辺など、市街地化の傾向が著しい地域にある農地で、今後、他の用途に転用されることが見込まれる農地 具体的には、都市区画整備された区域内や駅・役場から300m以内の範囲にあり、宅地への転用が容易な農地 |
| 市街地農地 | 市街地区域内にある農地や、農地法上で転用許可を得ている農地で、「農地の転用」に対して、いつでも転用することができる、すでに転用の許可を受けた農地 |
| 生産緑地 | 良好な都市環境の形成を図るため、市街化区域内の農地を計画的に保全していく目的で、都市計画法に基づき、「生産緑地地区」に指定された市街化区域内の農地 |
※農地の区分を確認するには、市役所などのホームページを閲覧するか、市役所の農政企画課などの担当部署に照会して調べます。
耕作放棄された農地
耕作放棄された農地であっても、以下の場合には、基本的には農地として判定をします。
- 現在は耕作されていないが、耕作をしようとすればいつでも耕作できるような土地
- 客観的に見てその現状が耕作の目的に供されるものと認められるような土地
ただし、容易に農地に復元し得ないような状況にある場合には、「原野」又は「雑種地」となります。
3. 畑(はた)
相続について考える場合は、その土地が「農地」に該当するかどうかを判別する必要があります。
【判定のポイント】
- 水を利用していないか?:用水を利用せずに耕作している土地。野菜、果樹、お茶などを栽培している土地です。
- 家庭菜園との違い:自宅の庭先にある小さな家庭菜園は、独立した「畑」ではなく「宅地(の庭)」として扱います。肥培管理(肥料やりや耕うん)が継続的に行われているかどうかが分かれ目です。
農地の区分
「田」と同じです。
4. 山林(さんりん)
【判定のポイント】
- 竹木が生育しているか?:耕作によらず、自然または人工的に竹や木が生えている土地。
- 「市街地山林」に注意:登記が山林でも、宅地開発が進んでいる地域にある場合、「宅地並み」の高い評価額になることがあります。
山林は木々が成長して大きくなり登記簿上の面積と異なっている可能性もあるため、その場合は固定資産税評価額を実際の土地面積に基づき再計算した上で評価されることになります。
山林の種類
| 種類 | 説明 |
|---|---|
| 純山林 | 市街地から遠く離れたところにあって宅地の価額の影響を受けない山林 |
| 中間山林 | 市街地近郊にあって売買価格水準が純山林としての売買価格より高い水準にある山林 |
| 市街地山林 | 宅地の中や市街化区域内にある山林 |
5. 原野(げんや)
原野とは、木や草が生い茂っているにもかかわらず人の手が加えられておらず放置されたままの土地のことです。原野にもいくつか種類があり、それによって評価方法も異なります。
【判定のポイント】
- 雑草・かん木か?:山林ほどの木はなく、雑草や背の低い木(かん木)が生い茂っている土地。
- 耕作放棄地:元々が畑でも、長期間放置されて荒れ果て、簡単に農地に戻せない状態なら「原野」と認定されることがあります。
原野の種類
| 類 | 説明 |
|---|---|
| 純原野 | 市街化調整区域内にあり、なおかつ「隣接して主要な公道が存在しない」「周囲が開発されておらず、該当する土地を開発することが容易ではない」等の条件にあてはまる土地のことを指します。 |
| 中間原野 | 都市計画法上の市街化調整区域(開発を制限し自然を保存する地域)などにあるものの、ある程度開発が進んでやや地価が高くなっている原野のことです。 |
| 市街地原野 | 市街化区域内に存在している原野のことを指します。 |
6. 牧場(ぼくじょう)
牧場とは、牧畜のために使用する建物の敷地,牧草栽培地及び林地等で牧場地域内にあるものは,すべて牧場となります。
【判定のポイント】
- 家畜を放牧しているか?:牛や馬などの放牧に使われている土地。畜舎の敷地も含まれる場合があります。
牧場の種類
| 種類 | 説明 |
|---|---|
| 純牧場 | 市街地から遠く離れたところにあって宅地の価額の影響を受けない牧場 |
| 中間牧場 | 市街地近郊にあって売買価格水準が純牧場としての売買価格より高い水準にある牧場 |
| 市街地の牧場 | 宅地の中や市街化区域内にある牧場 |
尚、森林内にある立木や果樹なども評価対象となります。
牧場の価額に、土地の肥え具合を数値化した「地味級」、森林の植栽密度である「立木度」などをかけて評価します。
7. 池沼(ちしょう)
池沼地とは、かんがい用水以外の水を貯めた池・沼地をいいます。かんがい用の水を貯めた池はため池となります。
【判定のポイント】
- 水が貯まっているか?:かんがい用水(農業用水)以外のために水が貯まっている池や沼。天然の湖沼などが該当します。農業用水のための「ため池」は別の扱い(構成要素)になることがあります。
池沼の種類
| 種類 | 説明 |
|---|---|
| 純池沼地 | 市街化調整区域内にあり、なおかつ「隣接して主要な公道が存在しない」「周囲が開発されておらず、該当する土地を開発することが容易ではない」等の条件にあてはまる土地のことを指します。 |
| 中間池沼地 | 都市計画法上の市街化調整区域(開発を制限し自然を保存する地域)などにあるものの、ある程度開発が進んでやや地価が高くなっている池沼地のことです。 |
| 市街地池沼地 | 市街化区域内に存在している池沼地のことを指します。 |
8. 鉱泉地(こうせんち)
鉱泉地とは、鉱泉(温泉を含む)の湧出口とその維持に必要な土地を意味します。
例えば、温泉(鉱泉)の湧出口、湧き出した温泉水を一時溜めておく設備やその敷地、鉱泉を引くための導管や送湯管等も、湧き出し口の維持に必要な範囲で「鉱泉地」として取り扱います。
鉱泉地は人工的に作り出すことは事実上不可能ですので、特殊な地目であり、温泉地として観光地になっている土地など特殊な場所以外ではあまり存在しない土地ということができます。
【判定のポイント】
- 温泉が湧いているか?:温泉の湧出口と、その維持に必要な土地。温泉権などと合わせて評価される特殊な土地です。
9. 雑種地(ざっしゅち)
【判定のポイント】
- その他すべて:上記1〜8のどれにも当てはまらない土地。
- 代表例:
- 駐車場(コインパーキング、月極駐車場)
- 資材置き場
- ゴルフ場
- 太陽光発電設備用地(野立て)
- 空き地(管理されているが建物がない)
★要注意! 雑種地は、「宅地」に準じて高く評価されることが多い危険な地目です。特に駐車場や資材置き場は、登記が何であれ現況で厳しく判定されます。
第4章 あなたの土地はどれ?迷いやすい「グレーゾーン」事例集
教科書通りにはいかないのが現場の常。判断に迷うよくあるケースを紹介します。
ケース1:自宅の横にある「青空駐車場」
- 状況:自宅の敷地続きだが、フェンスで仕切って近隣の人に貸している。
- 判定:「雑種地」(または貸付事業用宅地等) 自宅用ではなく、他人に貸して対価を得ている場合、自宅敷地(宅地)とは分けて評価する必要があります。
ケース2:草ぼうぼうの元・畑
- 状況:登記は「畑」だが、数年間耕作しておらず草が生えている。
- 判定:「農地」または「原野」
- 草を刈ればすぐに耕作できる状態 → 「農地(畑)」
- 木が生えたり、整地しないと農地に戻せない状態 → 「原野」(または雑種地) この判定で評価額が大きく変わるため、現況写真などで証拠を残すことが重要です。
ケース3:私道(通り抜け道路)
- 状況:自分の土地だが、近所の人が日常的に通り抜けている。
- 判定:「公衆用道路」 不特定多数の人が利用する通り抜け道路は、**評価額ゼロ(非課税)**になる可能性があります。登記が「宅地」のままでも、現況が道路なら評価減を主張できます。
第5章 地目変更登記の申請義務と期限
2024年(令和6年)4月1日より、相続登記が義務化され、同時に不動産登記法改正により、地目に変更があった場合の変更登記もまた、所有者の法的に義務化された。
不動産登記法第37条は、地目に変更が生じた場合、表題部所有者または所有権の登記名義人は、その変更があった日から1ヶ月以内に当該変更の登記を申請しなければならないと規定している。
- 申請義務者: 土地の所有者(相続が発生している場合は相続人)。
- 期限: 変更の日から1ヶ月以内。
- 過料: 正当な理由なく申請を怠った場合、10万円以下の過料に処される可能性がある。これまでこの規定は形式的なものと見なされがちであったが、所有者不明土地問題の解消を目指す国家方針の下、今後は運用が厳格化される可能性が専門家の間で指摘されている。
第6章 地目に関する「よくある誤解」とQ&A
ユーザーサポートに寄せられる頻出質問
- 固定資産税の納税通知書の地目が「雑種地」になっていますが、登記簿を見たら「山林」でした。どちらが正しいのですか?
-
法的には登記簿が正ですが、税金は現況で計算されています。
これは典型的な「登記と現況の不一致」です。役所の税務課は航空写真調査などで現況(雑種地)を把握し、課税していますが、登記所(法務局)にはその情報が自動的には反映されません。現状のままでも税務署は現況課税しますが、将来の売却や融資を見据えると、実態に合わせて「雑種地」への地目変更登記を行うことが推奨されます。ただし、地目変更によって固定資産税が下がるわけではありません(既に現況課税されているため)。
- 登記地目を「宅地」から「山林」に変えれば、税金は安くなりますか?
-
原則として、現況が変わらない限り税金は安くなりません。
地目変更登記は「事実の報告」であり、節税テクニックではありません。現況が依然として建物が建つ宅地であるのに、登記だけ「山林」に変えることは虚偽の申請となり、却下されるだけでなく、公正証書原本不実記載等の罪に問われるリスクすらあります。実際に建物を解体し、植林をして山林に戻した(現況を変えた)場合のみ、変更登記が可能となり、結果として税金も下がります。
- 「原野」を相続しましたが、使い道がありません。国に返せますか?
-
「相続土地国庫帰属制度」の利用を検討してください。
2023年4月から始まった新制度です。地目が原野や山林であっても、一定の要件(建物がない、境界が明確、汚染がない等)を満たし、10年分の管理費(負担金)を納付することで、国に土地を引き渡すことが可能になりました。ただし、審査は厳格であり、崖地や管理困難な土地は却下される可能性があります。
第7章 まとめ:地目の判定は「現地確認」から始まる
地目の判定を間違えると、相続税の計算そのものが狂ってしまいます。 まずは以下の3ステップで、ご自身の土地の「本当の姿」を確認してください。
- 資料を集める:固定資産税の課税明細書、登記簿謄本を用意する。
- 現地を見る:実際に現地に行き、「今、何に使われているか」を目で見て確認する。
- 写真を撮る:相続開始日時点の状況を証明できるよう、写真を撮っておく。
「自分の土地がどの地目になるのか自信がない」「雑種地と宅地の境界がわからない」という方は、自己判断せずに専門家の力を借りるのが賢明です。
**『簡単相続ナビ』**では、地目を正しく入力することで、精度の高い相続税シミュレーションが可能です。まずは無料診断で、あなたの土地の評価額への影響を確認してみましょう。


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